このコーナーでは、全国の皆さんから投稿されたピンズのレポートを紹介します。
身近でおきた行事で出されたピンをこちらで掲載するので、どしどしお送りください。お待ちしています。

これまでの投稿一覧はコチラ


YPPC会員のakkyiさんからの投稿です。
PINSを通しての日本代表歴代ユニフォームの変遷

ユニフォームの変遷については、非常に複雑でサプライヤー等のことも考慮していくと、
論文になってしまうくらいの内容です。
サプライヤーや種類など、まだすべては解明されていない状態です。

ピンがこれだけ複雑なユニフォームについて多くの種類を出していたことは
大変すばらしいことだと、私は思います。

1992-1996(1) 1992-1996(2) 1996-1998 1998-1999 1999-2001
2001 2002-2004 2004-2005 2005-2006 2001(H)
2001(A) 2002(H) 2002(A) 2002(H) 2002(A)
2006(H) 2006(A) 2008 2008(H) 2008(A)

Japan National Team-Hidetoshi Nakata History
1997.05.21-2006.6.22
(クリックすると拡大表示されます)

全部で30個からなるピンです。(ユニフォーム下のプレートもひとつのピンです)
背番号27は急遽この試合に呼ばれた時、他の人がすでに背番号7を付けていたので、
この時の中田選手の背番号は「27」になりました。
27の背番号は中田選手は1度しか使用しませんでした。


日本代表歴代ユニフォームピン

1978年から1998年まではadidasとPUMAとASICSの3社がユニフォームの日本代表のサプライヤーでした。
この3社が (1)日本男子・女子代表 (2)オリンピック・ユニバーシェアード代表 (3)ユース代表の
3つのカテゴリーに分けて、1年ごとに3社が持ち回りでユニフォームを作成していました。
1999年以降現在まではadidasの1社がサプライヤーになっています。
1992年はadidasのみがユニフォームを作成し、そのユニフォームは数試合しか使われませんでした。

ユニフォーム使用期間が長いものは同じデザインでも違う会社製のものがありました。
(例えば上段一番右の「1996-1998」は1996年PUMA、1997年adidas、1998年ASICS)



2002年 adidas
(H) (A) (K)


a2006年 adidas akkyi 2008年 10月15日
日本vsウズベキスタン戦


参考資料1
参考資料2

これらの文献には日本代表歴代
ユニフォームについて
記載されています。
是非、ピンと併せて御覧になって下さい。
『参考文献1』
1936-2002
JAPAN
FOOTBALL HISTORY
サッカー日本代表世界への挑戦

新紀元社
『参考文献2』
WORLDサッカー COLLECTION2000
世界ユニフォーム年鑑

バウハウス
『参考文献3』
WORLDサッカー COLLECTION2002
ユニフォームデータブック2002

バウハウス
ストラップで見る、日本代表歴代ユニフォーム
1988-1992 1992 1992-1996 1996-1998 1998-1999
1999-2001 2001-2002 2002-2004 2004-2005 2005-2006


今までは1988年からのユニフォームでしたが、今回はそれ以前の
「1982」、「1983-84」、「1985」、「1985」、「1985-87」の5つのピンが追加されました。
(クリックすると大きい画像でお楽しみ頂けます)


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